2007年 09月 19日
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# by sigokoko | 2007-09-19 08:02
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箱船飛行 おんぼろ船長の読書ブログ。sigokokoは乗組員 STUDIA HUMANITATIS "人文諸学に惑溺するすべてのアマチュアのために" ユートピア文芸共和国 現代詩、和歌、マリネッティの翻訳など。定型詩の分析も興味深い 野生のセロリ 青木栄瞳さんの第四詩集のweb公開版 Fabula フランスにおける文学研究総合サイト。新刊評からシンポジウムまであらゆる最新情報が手に入る Poetes.com バロックからサンボリスムまでのフランスの主な詩人たちの作品のアーカイブ Mallarme.net マラルメの総合サイト ライフログ
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2007年 04月 30日
最近更新していませんが、あまり長い間更新しないとBlogを消されてしまうらしいので、UPしておきます。
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2006年 01月 24日
20世紀の文学が形式との戯れと自己言及のゲームを生み出した、というのはもちろん大嘘である。たしかに20世紀ほど文学がみずからの方法に意識的であった時代はなかろうが、それは同時に「批評の世紀」のしかめ面した痛々しい自意識のあらわれだったともいえる。
自己言及性とかメタフィクションという手段は、文学「そのもの」と骨がらみの遊びだった。20世紀が深刻な顔して振った賽は、実はルネサンスや古典主義においてすでに同じ目を出されていた、としたらどうだろう。もっと軽妙に、もっと洒脱に、もっと過激に。 ...つづき
2006年 01月 05日
2005年 12月 31日
2005年 12月 28日
2005年 12月 23日
あてどなく話す。
フランスの知識人でラテン語の読み書きができない人はまずいない。 日本の知識人で漢文の読み書きができる人がどれくらいいるだろうか? フランス語はラテン語から生まれた。そしてフランス文化の水源はギリシア・ラテンにある。フランス文化は今なおそのことを強く自覚している。 日本語は中国語から派生したのではない。しかし漢字を輸入することによって、はじめて文字を知った。つまり文化を継承する術を学んだ。それ以後、中国は1500年の長きにわたって文化の規範だった。 つづき
2005年 12月 20日
定型詩の翻訳は可能なのか?
恣意的な規則にしばられた定型詩というジャンル(韻文で書かれた演劇も含む)は、その不自由さのなかにみずからの存在意義をみいだし、独自のフォルムを発展させてきた。定型詩とはみずからのフォルムとの葛藤の場であり、あらゆる文学形式のなかで内容と形式がもっとも密接にからまりあったジャンルだといえる。 しかし。 定型詩の翻訳となると、言葉の意味の置き換えはなされても、その形式まで翻訳するのは不可能である。例えばソネットの4/4/3/3行という配列は保持しえても、1行12音節という規則や、ましてや脚韻など翻訳しうるべくもない。 けだしここに定型詩の翻訳問題のすべてがある。 定型詩は形式こそが内容を生むという意味ではもっとも高密度なジャンルである。その形式を伝えられない翻訳は、弛緩しきった言葉の残骸となる危険性をつねにはらんでいるのだ。 明治から大正にかけての日本は、非常にすぐれた訳詩集をうみだしてきた。上田敏の『海潮音』や永井荷風の『珊瑚集』にはじまり、かずかずの名訳が日本の詩壇におおきな影響を与えてきた。私がここで見ていきたいのは、このような困難を翻訳家たちがいかにして乗り越え、また乗り越ええなかったかということである。 Lire plus
2005年 12月 19日
ボードレールの「Une charogne」(糜爛死体)という詩は、夏の日射しにくさりかけた死体を、過剰な形容詞と同義語の反復で描く贅肉だらけの一篇だ。贅肉のキラキラとひかる断片がウジ虫をよび、ウジ虫の大群が言葉にむらがりながら腐臭の音楽を詩中に奏でる。ロマン主義のグロテスクな崇高美ここに極まれりといった感さえする。
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2005年 12月 15日
タイトルにちなんで死体の話など。
フランス語で死体は「cadavre」だが、これはスラングではぶどう酒などの空き瓶をさす。「cadavre vivant」というと「生ける屍」のことだから、酒場はいろんな死体で一杯なわけだ。 Lire plus
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